中島岳志、島薗進著

評 米田綱路 書評家

政治と宗教の関係に警鐘

 昨年の安倍政権の安保法制強行採決に、憲法学者をはじめ多数が「立憲主義の危機」を指摘した。そこには現代日本で強まる、ネット右翼やヘイトスピーチに顕著な排外主義と同根の危機がある。本書はその源流を明治期にたどり、戦前の全体主義に至る思想構造の分析をとおして、いまに続く「愛国と信仰」問題を掘り下げた対話である。

 戦前の日本が抱えたナショナリズムと宗教の問題は、いまだに片付いていないと島薗進氏はいう。一見宗教的には見えない今日の排外的ナショナリズムには、明治以来の国家神道、つまり儒教から派生した天皇への崇敬と、国体論との「祭政一致教」(同氏)が息づいている。国民は教育勅語をとおしてその教えを身につけ、権威主義的な価値観を守ってきたのである。

 中島岳志氏は国学の影響を重視し、天皇のもとで国民が平等になる「一君万民」のユートピア思想が、体制批判の国民主義とも、体制を支える国家主義とも結びつくことを示す。明治前期の世代とは異なり、近代国家建設という目標を自己実現と重ねられなくなった後の世代の「煩悶(はんもん)青年」(同氏)は、仏教の親鸞主義や日蓮主義に救いを求めた。ここに中島氏は社会的つながりの薄い現在の「居場所なきナショナリズム」に似た、愛国青年の危険な純粋さを見る。

 「原理日本」グループの三井甲之(こうし)や蓑田胸喜(むねき)、国家改造論の北一輝はこうした青年だった。蓑田は明治憲法下の立憲主義である美濃部達吉の天皇機関説を排撃して、二・二六事件で北ら革新右翼が敗北した後、国家神道による全体主義体制の鼓吹者となった。「愛国と信仰」のゆくえを読み解くカギがここにある。

 諸宗教が社会性を失って国家神道と相乗りし、全体主義に拍車をかけてしまった歴史を見据えながら、本書は今日の立憲主義の危機の裏で先鋭化する政治と宗教の関係に、改めて注意を促す。宗教を再定義し、抑圧や排除ではない多様性の共存をめざす、アジア規模の思想課題と格闘した警世の書である。

(集英社新書 842円)

<略歴>
なかじま・たけし 1975年生まれ。政治学者。
しまぞの・すすむ 1948年生まれ。宗教学者。