庵功雄著

評 田中綾(北海学園大教授、歌人)

多文化共生を支える言語に

 たとえば2060年。日本に暮らす外国籍の人々は、今よりはるかに増えていることだろう。労働の現場でも地域でも、私たちは、国籍を超えた「多文化共生社会」を粘り強く、前向きに構築していく必要がある。

 その共生社会で使われる共通言語は何か。著者は、英語ではなく、〈やさしい日本語〉であることを、実例を挙げながら丁寧に説得している。

 〈やさしい日本語〉とは、外国籍の人々にも十分理解され、情報共有しやすいように調整された日本語のことである。

 そのような日本語を、著者は、外国人労働者受け入れのためだけに提唱しているのではない。最も核にある対象者は、未来を担うすべての子どもたちである。その把握の仕方に、共鳴した。

 子どもたちが、努力さえ続ければ自己実現が可能になり、安定した職業生活を送れるようになる―その意味での社会的流動性の保障こそが、目指すべき多文化共生社会の姿のはずだ。

 だからこそ著者は、日本が「子どもの権利条約」に批准していながら、外国籍の子どもたちは義務教育の対象ではないことも問題視している。

 さて、〈やさしい日本語〉は、外国籍の人々を対等な市民として受け入れる心構え、具体的な方法でもあるが、それは単に外国人に譲歩することではない。著者は、日本語母語話者にとっても、自分の日本語を調整するという行為は「聞いてもらい、相手を説得する」という言語運用能力の訓練の場になることを強調してやまない。

 確かに、相手を説得するディベートのような訓練は、日本の教育では必ずしも十分には行われていない。日本語を改めて見直す機会にもなるはずだ。

 多文化共生社会実現のためには、自分を「普通」と考え、異なるものを排除しようとする発想を改める姿勢も必要となる。

 著者の噛(か)んで含めるような注意深い筆運びそのものが〈やさしい日本語〉の実践例であり、大切なヒントがいくつも提示されている。必読の書と思う。

(岩波新書 907円)

<略歴>
いおり・いさお 1967年生まれ。一橋大国際教育センター教授。著書に「新しい日本語学入門」など