児玉博著

評 吉岡忍(ノンフィクション作家)

文学、経営…自負語らせる

 堤清二と辻井喬。パルコや無印良品などの消費文化を牽引(けんいん)した経営者は、詩人・作家でもあった。父は鉄道とリゾート開発とホテル事業で西武王国を築き、放埒(ほうらつ)の限りを尽くした堤康次郎。父の事業を継いだ異母弟の義明の向こうを張り、清二はデパート事業を核に傘下企業200社、年商5兆円、総従業員数14万人のセゾングループを育て上げたあと、すべてを投げ出し、文学者にもどっていった。

 この父と二人の息子が活躍した時代は、戦争を挟んで日本が激変した時代。敗戦間際、父は空襲で燃え上がる邸宅の前で、押し寄せる避難民を「叩(たた)き出せ」と叫んだほどの強欲。息子の清二はそんな父に反発し、戦後の共産党に入り、革命を夢見たこともあった。

 いったいこの間、巨大企業の内部で何が起きていたのか、彼は何を考えていたのか。経済史としても、文学史としても興味深いテーマだが、やっかいなのは、彼自身が父の肖像や兄弟間の確執、経営者としての自己についてもすでにたくさん書き、また語っていることである。

 著者は晩年の堤に定期的に会い、何とか本音を聞き出そうと質問をくり出している。答えの多くは公知の事実だ。しかし、馴染(なじ)みのレストラン、ホテルや美術館の特別室など会見の場と取材相手の仕種(しぐさ)や口調の描写が、温厚な老紳士の内部で最後までくすぶっていた情念をあぶり出していく。

 「義明君が凡庸なことは分かってましたが、そのまま(父の事業を)維持するくらいはできると思ってた。しまったな、と思う訳です。自分が引き継ぐべきだったのかなあ、と。それを思うと父に申し訳ないことをしてしまったと思うばかりなんですね」「父の後を、堤の家を継ぐのは僕ですから」と。

 ここには、自分こそが家父長だという強烈な自負がある。文学と企業経営の関係、消費文化と中産階級の将来像など、堤清二に訊(たず)ねて欲しいことはたくさんあったが、この自負を語らせたことは本書の功績である。

(文芸春秋 1512円)

<略歴>
こだま・ひろし 1959年生まれ。早大卒業後、フリーとして活動。本作で今年、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞