大澤真幸著

評 佐々木敦(批評家)

過去に回帰せず「今こそ」

 こんにちの日本社会において、「革命」を云々(うんぬん)するのは、いかにも空想的なことのように思われるかもしれない。何かの喩(たと)えとしてならばともかく、本気で「革命」の可能性を論じようとするなんて、あまりにも現実味を欠いた夢物語にすぎないのではないか、と。

 この本の著者である大澤真幸は、そんな常識的な反応を十分に予期した上で、しかし、そうではない、と言う。現在も「革命」の可能性を考えることは可能である。いや、むしろ今こそ、それは可能なのだと大澤は主張する。しかしもちろん、本書はただ、やみくもに現在の日本を批判してみせるだけの、やたらと勇ましいだけで内実を持たない、それゆえに一部の読者にはウケたりする、まさに空想的な「革命」論の類いとは一線を画している。大澤の筆致はもっと周到、かつ慎重である。本書が「可能なる革命」を導き出していく論議のステップは、社会変革を企図(きと)する直接行動(投票やデモなど)をストレートに擁護するよりも、そうした行動(あるいはそうした行動をしないこと)の内部に潜むメカニズムや矛盾、そこに宿る逆説を解析することに費やされている。

 そのために提出される実例がなんともユニークなのだ。『テルマエ・ロマエ』『桐島、部活やめるってよ』『あまちゃん』『半沢直樹』など、明らかに意識的に近年流行したコミックや映画、テレビドラマなどが選ばれている。大澤はそれらを真っ向から相手取って論を進めていく。個別の章は独立した評論としても読むことができる。そうしてひとつひとつ分析を積み上げていって、やがて「革命」のおぼろげな、だが、しかと輪郭を備えた姿がほの見えてくる。

 「革命」の前に立ちはだかるのは、資本主義と呼ばれる怪物である。本書の最大の敵(?)も無論それだ。だが、当然ながら大澤は、過去の「革命」の夢に回帰することはない。むしろ「革命」とは「思考」のことなのだ。私たちの生きるこの世界を、考え、考え続けること……。

(太田出版 2484円)

<略歴>
おおさわ・まさち 1958年生まれ。著書に「自由という牢獄」「ナショナリズムの由来」など