植本一子著

評 辻山良雄(書店店主)

過酷な日々 悪意も直視し生きる

 本屋の行う接客としては、他人の買う本にいちいち反応してはいけない。しかし、レジまで持ってこられた本とその人とを目の端で見比べながら、何かを感じることはある。植本一子の本を買う人は、大概が一人で来店した女性、それも決まって静かにそっと本を出される。人には言えないそれぞれの個人的な日常の澱(おり)に、著者の文章は自然と寄り添うかのようで、ある種の人はこの本に引き付けられていくようだ。

 『家族最後の日』は著者の前作である『かなわない』のその後の日々。母との絶縁に始まり、義弟の自殺、夫であるラッパーのECDに進行中の癌(がん)が発見される……。それだけ聞くと波乱万丈(はらんばんじょう)の毎日のように思えるが、著者の抑制された文章が伝える日々は、もっと細々とした日常であふれている。苦しく思える時でも、毎日の些細(ささい)に見える出来事が、その人をまた次の日へと生かしてくれる。そうした日々のかけがえのない時間が、この本には練りこまれている。

 もっともこの本を読み、きまりの悪さを感じる人もいるかもしれない。普段は自然にスルーしている自分の見たくない感情、人に対してふと思ってしまう悪意まで、著者は隠さずに書き尽くしているからだ。そのような勇気ある書き手の前では、何かをごまかしながら生きることは出来ない。読む者の姿勢が問われているようで、思わずこちらの背筋が伸びてしまう。

 『家族最後の日』で描かれる家族は、集合写真で屈託なく笑って収まる「家族」ではないかもしれない。実家から子どもを護(まも)るように連れて帰るシーンなど、どう見ても傷だらけだ。しかし、どんなに泣いていても、ばらばらに見えても、それでも一緒にいることが、すでに替えのきかない一つの家族の在りようだ。その形は一つではない。

 誰にも話せないようなことで孤独感を深めている人には、この本を手に取ってみてほしい。他の誰でもない「わたし」の日々を生き抜いていく勇気と力が、腹の底から湧いてくるから。

(太田出版 1836円)

<略歴>
うえもと・いちこ 1984年出まれ。2003年に「キヤノン写真新世紀」優秀賞を受賞、写真家として活動を始める