加藤陽子大城戸剛撮影

加藤陽子
大城戸剛撮影

朝日出版社1836円

朝日出版社1836円

本質見抜く力 歴史から学んで

 学問の薫り漂う東京大学文学部の古びた建物。教授の加藤陽子さんは柔らかい笑顔で迎えてくれた。でも、いったん話し出すと止まらない。歴史を学ぶことで若者たちにより良い未来を選び取ってほしい、という思いが言葉の端々にあふれ出る。

 「どちらを選ぶのか」。日本はかつて、世界から3度問われた。1931年(昭和6年)の満州事変をめぐるリットン報告書、40年(同15年)の日独伊三国軍事同盟、そして41年(同16年)の日米交渉だ。世界と対峙(たいじ)した日本は、3度選択を誤り、太平洋戦争への道をたどった。

 「リットン報告書は、英国が植民地支配の失敗を踏まえ、彼らなりの反省を込めた普遍的な提案だった。それを日本は見過ごしてしまったのです」。報告書は、英米などの利害を押しつけるためのものではなく、世界との協調を日本に呼び掛ける現実的な内容だった。

 中高生への連続講義をまとめたこの本は「日本の失敗を教訓としてかみしめるために書いたのではない」と言う。東日本大震災や熊本地震で実感したように「歴史は2度と同じ顔をして若い子たちの前には現れない」からだ。史料に当たり、交渉担当者や国民の気持ちを考えて当時を再現することで「いろんな可能性があった、ということを伝えたかった」と話す。

 30年代、世界恐慌の影響で失業者があふれ、日本は革命が起きて間もない不安定な大国、中国とソ連の隣にあった。それは、米国と中国という二つの大国に挟まれた現在にも通じる。「直近の最大の危機である30年代は、私たちが振り返るべき一番いい素材なのです」。センスのいい挿絵や地図が内容の理解を助ける。

 1960年埼玉県生まれ。歴史学を志したのは「昔の人の考えを知りたかったから」と言う。「なんで苦労してピラミッドなんて造ったんだろう。ドラえもんのどこでもドアがあったら話を聞きに行きたい。そんな子供でした」。この本も、幼少期に抱いた思いの延長線上にある。「リットンさん、どういうつもりで報告書を作ったんですか」。そう聞いてみたかったのだ。

 日本の安全保障の風景は大きく変わり、戦争放棄をうたった憲法も変容しつつある。「これからは(憲法改正など)国家と国民の関係が問われる時代になることを覚悟しなければならない。その時に、問題の本質が正しい形で選択肢に反映されているか、歴史を学ぶことで見抜けるようになってほしい」。若い人たちへのメッセージだ。

編集委員 島倉朝雄