きたやまおさむ中川明紀撮影

きたやまおさむ
中川明紀撮影

岩波書店 1944円

岩波書店 1944円

「むなしさ」を抱きしめ生きる

 「帰って来たヨッパライ」が大ヒットしたザ・フォーク・クルセダーズは1968年秋に解散を発表した。「自分たちの歌は消費され、どこに行っても似たようなことを求められた。苦痛でした」。元メンバーとして、そう記憶を手繰る。本書は精神科医として仕事をこなす「北山修」が、自分自身の精神分析を交えて70年の道のりを振り返った。

 「帰って来たヨッパライ」は、アマ時代に仲間と解散記念のアルバムに収めるために作った曲だった。軽妙な歌が受け、ラジオでかかるとリクエストが殺到した。コックになろうとしていた加藤和彦さんを口説き、はしだのりひこさんと3人で新たなザ・フォーク・クルセダーズを結成し67年末にメジャーデビュー。レコードは280万枚も売り上げた。

 ライブ活動やテレビ出演と、スポットライトを浴びる日々。成功とは裏腹に「とてつもないむなしさに襲われるようになった」という。他のメンバーも同意したので1年弱で解散し、京都府立医科大に復学した。

 自分を見失いそうになると、新しい環境に身を置く。府立医科大を卒業すると札幌医科大学で内科を学び直す。「誰もが憧れるように、過去を捨てて北に向かった」ためで、この研究室で「心の師」と仰ぐ和田武雄氏に出会う。後の学長だ。そして、同期十数人とも気の置けない仲となり「いまでもススキノで語り合う」という。英国留学や九州大大学院教授を経て、いまは東京都内で精神科医として患者を診察している。

 人を引き付ける穏やかな人柄だが、内心、むなしさを感じることが多いようだ。加藤さんが作曲し、自身が作詞した「あの素晴らしい愛をもう一度」も失われた日々を歌った。だが「むなしさも味わえるようになる。昔から人は、生きていることはむなしいこと、として暮らしていたのではないでしょうか」と語る。

 忙しい現代人には「楽屋が大切」とアドバイスする。楽屋とは、自分本来の姿に戻り、ほっとできる場所や時間だ。「世の中をうまく渡り歩いたり、仕事をこなしている人は断り上手ですよ」

 専門的な美術教育を受けていない人たちの芸術「アール・ブリュット」のファン。絵の中には、文字や電車がびっしりと書かれたものもあり圧倒される。この感じをどう表現したらいいのか。「わからないものは、わからないまま置いておいていい。それがアール・ブリュットから伝わります」

東京報道 上田貴子