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自宅のみとり 夫への感謝残る

 がんの夫金蔵さんを2年前に自宅でみとった。ゆっくり着地するような最期で、感謝と明るさだけが残った。「夫は家で死にたい、私は家で死なせてやりたいと、方針がはっきりしていた。そこに全力を注ぐことにも、ぶれはありませんでした」と穏やかに振り返る。

 金蔵さんががんと診断されたのは2013年4月のことだった。首の右側が腫れているのに気づき、都内の総合病院に駆け込んだ。結果は「中咽頭(いんとう)がん頸部(けいぶ)リンパ節転移」――のどの奥のがんで首の周りのリンパ節に転移していた。しかもステージ4と最も重い段階だった。

 金蔵さんは元もと医療系新聞社の記者で、日本のがん治療に一石を投じた近藤誠医師の担当をしていた。「がんになったら、がんをいじめるような治療はできるだけせず、家で死にたいと言っていました」。その気持ちを尊重した。

 自宅でみとりをしたことはなく、怖いことが二つあったという。

 一つは、ばったり倒れたこと。がんと診断されて数週間後だった。金蔵さんはベッドから立ち上がった直後に仰向けに倒れ、いびきをかき始めた。当時は身長175センチ、体重70キロと立派な体格。「慌てますし、怖かった」。1年後にも倒れることがあったが、その頃には慣れており、気分が悪くなったら金蔵さんを座らせるなど、対処できるようになっていた。

 もう一つは排せつ物。容体が急変し、風呂場や廊下で便失禁したことがあった。「これが続くと神経やられるな、と。でも、失禁しても大丈夫なように何か敷くとか、何とかなる。慣れって強いものです」

 訪問医に支えられ、鎮痛剤で痛みも抑えることができた。金蔵さんは医療保険と介護保険の範囲でやる方針だったので、代替医療や食事療法はお断り。掛かった費用は多い時で月8万円ほど。そうした細かい介護経過も記している。

 金蔵さんは生前「死んだら終わり」と言っていた。でも、「彼の存在を身近に感じます。関係者が生きている間は、死者は生かされ、生きている人もその人の影響を受ける。いま話せるなら『全然、死んで終わりじゃない。その辺どうなっているの』と聞いてみたい」と笑う。

 母子保健・国際保健の疫学専門家で約15年、イギリスやブラジルで研究していた。いまは津田塾大の教授として国際保健などを教えている。体を緩める「ゆる体操」の普及などで、3カ月に1度、旭川を訪れている。

東京報道 上田貴子