人間の胃にすみつくピロリ菌。太さはわずか0・0005ミリメートル、長さは0・003ミリメートルほど

 がんを防ごうキャンペーンは第2部から、がんにならないため、がんで命を落とさないために、何をすべきかを具体的に紹介していきます。今回のテーマは「感染を絶つ」。日本人ががんになる最も大きな要因は細菌やウイルスの感染です。感染を防ぎ、取り除くことで、患者や死者を減らせます。

■日本人の98%

 「ピロリ菌がいるかどうか調べてほしいんです」。北大大学院の浅香正博(あさかまさひろ)特任教授(67)=がん予防内科学=は、こう言って2年前に受診に来た母娘を、今もはっきり覚えています。「テレビでピロリ菌の怖さを知りました」と心配そうだったといいます。

 内視鏡で胃を検査しました。50代の母は胃炎があり、ピロリ菌の感染も確認され、薬で除菌することになりました。ところが30代の娘の方は、小さな潰瘍が見つかり、検査の結果、ピロリ菌から起こるとされる「スキルス胃がん」と分かりました。若い人に見られる、進行が早いタイプのがんです。幸いにも早期で、手術で取り除けました。

 浅香さんは講演のたびに、この母娘の例を紹介します。「ピロリ菌の検査に来なければ、娘さんは今ごろ命を落としていた可能性が高い。感染を疑って一度は専門医を受診してほしい」と呼びかけています。

 浅香さんによると、日本人の胃がんの98%はピロリ菌が原因です。全世界ではその割合はやや下がり、胃がんの80%ほどがピロリ菌が原因だそうです。日本のピロリ菌は、世界的に見て毒性が最も強い種類で、がんになる危険性が高いことが分かっています。

 ピロリ菌は、人間の胃にすみつき、胃の粘膜を破壊する細菌です。形はらせん状で、一方の端にべん毛(もう)が数本あり、活発に動くことができます。長さ0・003ミリメートルほどのピロリ菌が胃炎や、胃、十二指腸の潰瘍、胃がんなどを起こす“犯人”だと分かったのは、ここ三十数年の間です。それまでは、細菌やウイルスは胃酸の中では生きていけないと考えられていたのです。

 ピロリ菌に感染すると、自覚症状がない慢性胃炎の「ピロリ感染胃炎」に。さらに胃の粘膜が薄くなる「萎縮(いしゅく)性胃炎」に進み、胃がん発症につながります。感染者千人のうち、胃がんになるのは1~4人ほどです=図=

■口移しに注意

 最も感染しやすいのは、胃酸がまだ十分ではない5歳ごろまでです。国内の感染者は推定で3500万人。おおよその感染率は、60代半ばから上の世代で60~70%に達します。50代は50%、40代は30%、30代は20%、20代は10%以下と、若くなるほど低くなります。

 年齢の高い人にこれだけピロリ菌が広がったのは、かつて衛生状況が悪いころ、ピロリ菌がいる井戸や川の水を飲んだためだと考えられています。衛生環境が良くなった今、感染している親や家族からの口移しが唯一の感染経路だとされます。注意してください。

 ピロリ菌研究の第一人者として知られる浅香さんは断言します。「ピロリ菌の除菌で、日本の胃がんは防げます。毎年5万人にのぼる胃がんによる死亡者は大幅に減らせるのです」(生活部編集委員・岩本進と桜井則彦が担当し、7回連載します)