あさか・まさひろ オホーツク管内美幌町生まれ。消化器内科医。北大医学部卒。1994年北大医学部教授。北大病院長や日本ヘリコバクター学会理事長などを歴任。2011年から現職。胃がんの原因であるピロリ菌研究の第一人者。近著に「がんはどこまで防げるのか」(創英社/三省堂書店)。札幌市在住。67歳。

北大大学院・浅香正博特任教授のがん予防についての話に興味深く耳を傾ける聴衆

 北海道新聞が道民に呼びかけている「がんを防ごう」キャンペーン。連載の第2部「感染を絶つ」(全7回)掲載後の7日、札幌市中央区の北海道新聞社で開かれた「道新ニュースサロン」では、北大大学院医学研究科の浅香正博特任教授=がん予防内科学=が、がん予防と感染との関わりや胃がんの原因であるピロリ菌の除菌治療などについて約1時間、話しました。その後、浅香さんはサロンに集まった市民や読者約80人の質問に答えました。当日の講演と質疑応答を紙面で紹介します。(編集委員 岩本進、桜井則彦)

 北大大学院に「がん予防内科学」の講座を開いて5年目。この間、さまざまながんの予防を研究しています。がんの予防とは、どんなものなのでしょうか。

 医師になって四十数年、消化器がんの患者をたくさん診てきましたが、助けることができた方はせいぜい数百人単位です。がんの予防が実現できれば、その数は数万人を超える可能性があります。

 がんは、遺伝子の異常で起こります。体の中では毎日、細胞分裂で6千億個の細胞が補充されています。たまに生じるDNAのコピーミスからがんが起きます。ミスの一番の原因は老化です。老化は食い止められませんので、がんの発生を100%防ぐことはできません。防げるがんだけでも予防しようというのが、きょうの私の話です。

■全体の25%超に

 がんの原因が分からないと、がんの予防はできません。がんには喫煙を含めた生活習慣から起こるがんと、感染症から起こるがんがあります。日本は最近まで生活習慣を重視し、他の要因はほとんど顧みられることがありませんでした。

 それは、感染によるがんがとても少ない欧米のデータをうのみにしていたためです。実際に、日本人について調べるととても多いことがわかりました。

 肝炎ウイルスによる肝臓がん、ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸(けい)がん、ピロリ菌による胃がん。これらを合わせると、がん全体の25%超。喫煙によるがんと同じくらいの割合です。

 生活習慣由来のがんは、予防が難しいのです。最もできそうな喫煙対策でさえ、なかなか実現できていません。一方、感染症由来のがんは、原因のウイルスや細菌を取り除いてしまえば、がんになる確率が大きく減ります。ずっと予防しやすいがんなのです。

 国は2012年改定のがん対策推進基本計画で、感染で起こるがんの対策を初めて盛り込みました。その意味で、北海道新聞の今回の連載「感染を絶つ」は非常に良いキャンペーンだと考えています。

■正しい知識大切

 感染で起きる三つのがんと予防策を話しましょう。

 子宮頸がんの原因の大半はHPVです。性的接触でウイルスが伝わり、がんを発症する性感染症です。予防は、世界で最も推奨されているワクチンが、わが国では副作用と思われる症状が出たために国が積極的な接種を勧めていません。また、検診の受診率も低いのが現状です。

 ワクチンの副作用は1万人に1人くらいです。どんなものにも利益と不利益があります。それを考え、医療者と相談し、接種するか否かを自分で判断することが重要です。でも日本人はそういうことがすごく苦手です。国もすぐ逃げて現場任せにしてしまいます。とても難しい問題です。

 「子宮頸がんは性感染症だ」という教育を、子どもたちにできないことも問題です。現場から「寝た子を起こすな」と断られることが多いのです。コンドームを使う、局部を清潔にする、というような正しい知識を教えることと、検診の受診率を高めることが大切です。

■ウイルスを駆除

 肝臓の細胞ががんになる肝細胞がんの9割は、B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルスの感染が原因です。

 B型は、ほとんどが出産時の母親からの母児感染です。新生児へのワクチン投与で予防できます。でも最近、わが国でB型がまた増えています。日本になかったヨーロッパ型のウイルス株です。これも性感染症ですので注意が必要です。

 一方、C型は、ウイルスに汚染された輸血や血液製剤、注射針の使い回しなどで感染します。

 予防は、肝炎ウイルスの駆除が一番です。がんの前段階である慢性肝炎の対策が最も重要です。感染していたら医療機関に通ってください。まずは自覚症状の有無にかかわらず、一生に1回は肝炎ウイルス検査を受けてください。保健所や市町村で受けられます。

■除菌に保険適用

 胃がんを起こすピロリ菌は、感染すると数週間~数カ月で100%の人が慢性のピロリ感染胃炎になります。細菌をやっつけようと白血球が集まり、サイトカインという爆弾を胃の粘膜に投下しできた胃炎です。

 これが長く続くと萎縮性胃炎となり、胃がんへと進みます。また、ピロリ感染胃炎から、十二指腸潰瘍、胃ポリープ、スキルス胃がんなどが直接起こります。

 このピロリ感染胃炎に対する除菌治療が健康保険で受けられるのは、世界の中でも日本だけ。ピロリ菌を除菌すれば胃がんや多くの胃の病気を防げるのです。

 胃がんで命を落とさないためには、ピロリ感染胃炎の精査で医療機関を受診してください。日本ヘリコバクター学会の認定医を勧めます。認定医は学会のホームページ(http://www.jshr.jp/)でわかります。

 自覚症状があるなしにかかわらず、受診してください。家族に胃がんの方がいたら、絶対に受診してください。保険診療のためには必ず内視鏡検査を受ける必要があります。

 除菌に成功すると、ピロリ感染胃炎は治ります。でもがんの前段階の萎縮性胃炎は、治るのに時間がかかり、除菌後10年間で治るのは80%程度です。除菌に成功しても萎縮性胃炎が完全に消えるまでは年1回、内視鏡の検査を受けましょう。これで胃がんで亡くなる確率は限りなくゼロに近づくと考えられます。

■ピロリ菌、除菌大丈夫? 参加者の疑問に回答

 講演後、参加者と浅香正博特任教授との主な質疑応答は次の通り。

 胃カメラの検査でピロリ菌がいると分かり、除菌薬を飲んでいたのですが、顔が真っ赤に腫れ、全身にひどい湿疹が出ました。「薬によるアレルギーで、除菌薬は使えない」と主治医から言われました。どうしたらよいのでしょうか(女性Aさん)

 浅香さん おそらくペニシリンアレルギーだと思います。100人に1人くらいの割合で起こります。ペニシリンは重要な除菌薬ですが、ペニシリンを使わない除菌法がいくつもあります。そうした除菌ができる病院を受診してください。日本ヘリコバクター学会の認定医を受診するのが安心です。

 主治医から「ピロリ菌はいますが、除菌の必要はありません」と言われました。別の医師に聞くと、主治医が言っているならそのままでよいとのことで、(ピロリ菌除菌が)場合によっては逆流性食道炎になる副作用もあると言われたのですが、どうしたらよいでしょうか(女性Bさん)

 浅香さん ピロリ菌はたばこより強い発がん物質と認定されています。この発がん物質を取り除くことが胃がん予防の第一歩であると、世界保健機関(WHO)が報告しています。除菌後の逆流性食道炎はピロリ菌除菌の後、起こることがありますが軽症が圧倒的に多いのです。ですから、ピロリ菌除菌を行ってくれる病院で除菌の相談をした方がいいでしょう。

 ピロリ菌除菌に2度失敗して、3回目の除菌に行きました。そこで(ピロリ菌がいるかどうかの)呼気検査を受けると、ピロリ菌は除菌されているように言われました。時間がたって自然にピロリ菌がなくなることがあるのでしょうか(男性Cさん)

 浅香さん 呼気検査が一番確実なピロリ菌診断方法です。しかし異常と正常の境界域の判断が難しいことがあります。その場合、時間をおいて再検査することがよいと思います。

 お尋ねのケースでは除菌判定時に正常より高めの値が出たのですが、経過と共に下がってきたと思われます。2度目の除菌は成功していたのだと考えられます。

 ピロリ菌を除菌すると、成人に比べて、若い人、例えば中学生では副作用の確率が上がるなど、デメリットはありますか(男性Dさん)

 浅香さん 中学生はまだ評価するために必要な膨大なデータがなく、臨床試験を行っているところです。今のところ大人と大きな違いはなさそうです。

 実際の問診では、Aさんの質問にもあったペニシリンアレルギーも含め、親も交えて詳しく話を聞いています。

 ピロリ菌除菌の副作用で一番多いのは軟便で、10人に1人くらい、下痢は20~30人に1人ほど出てきますが、整腸剤を併用することでほとんどが解決します。

 「がんを防ごう」の連載記事は、どうしん電子版とどうしんウェブでバックナンバーを公開しています。第1部「1万8千の命」(全5回)はこちらから、第2部「感染を絶つ」(全7回)はこちらからご覧いただけます。