2017年の「応援大使」を決める抽選会。大谷選手は空知管内月形町と決まり、子どもと笑顔

 私たちには、当たり前の日常がある。毎朝起きて歯を磨き、朝食を食べ、会社に行く。学生であれば、学校で、勉強や部活に励む。しかし、時に日常には当たり前のことを当たり前に感じてしまう危険がある。「ありがたさ」「素晴らしさ」を忘れてしまうことだ。

 例えば、私は、長嶋茂雄がプレーした「日常」を知らない。「ミスタープロ野球」の引退試合を見ていた父が、男泣きをする姿が記憶の片隅にあるだけだ。だから、長嶋茂雄に憧れ、同じ時代を生きた父をうらやましく思っていた。その思いは、自分が立教大学体育会野球部に籍を置いたからなおさら強かった。

 合宿所である智徳寮の応接室にある歴代の卒業生の名札。その中に「長嶋茂雄」の名前を見つけた瞬間、鳥肌が立った思い出がある。入学当時の主将は長嶋一茂氏。野球部の父兄会会長は代々主将の父が務めていて、茂雄氏を一目見ようと、父兄会は大盛況だった。坊主頭の私は、それだけで父から大そう褒められた記憶がある。

 父の時代のヒーローが長嶋茂雄だったように、今、時代を背負うのは、大谷翔平である。なぜか。一番野球がうまい少年と言えば、「ピッチャーで4番」。でも、レベルが上がるにつれ、守備も打順も変わるのが常。しかし、大谷はそれをプロの世界でも、やり遂げている。私たちがあきらめざるを得なかった子どもの頃の夢を、彼は体現してくれている。

 そこでだ。大谷の存在が日常の一部になった今だからこそ、私たちは再認識する必要がある。彼が北海道の地からいなくなってからでは遅い。もっと、「大谷翔平」という選手の素晴らしさに、気付くべきだ。けがから復帰したら、ドームに足を運ぶべきだ。

 そして、彼と同じ時代を生きている幸運を今以上にかみしめてほしい。きっと、私に孫ができたら、自慢げに伝えるはずだ。「おじいちゃんは、大谷翔平を見たよ」と。

 今回からコラム陣に仲間入りさせて頂くことになりました。専門はスポーツビジネスとメジャーリーグです。「大谷翔平と同じ時代を生きる幸せ」を感じながら、コラムをつづっていきたいと思っています。(古内 義明・スポーツジャーナリスト)

 ブログ「鎌ケ谷おじさんルーム」管理人の多田昌弘さんに替わり、古内義明さんが執筆陣に加わりました。