たばこをたくさん吸えば、肺がんになりやすいことは今や常識だ。しかしたばこを吸うすべての人が肺がんになるわけではない。私の祖父は毎日20本ものたばこを吸っていた。それでも93歳で亡くなるまで肺がんにならなかった。人によるがんのなりやすさの違いはどこにあるのだろう。

 人間の体は約60兆個の細胞からできている。多くの細胞には寿命があるので、細胞は分裂を繰り返して増えてその数を維持している。人が生きるとは、細胞が規則正しく分裂することと言える。しかし、ある時そのコントロールが効かなくなり、細胞が勝手に増えてくる。それががんだ。

 細胞分裂の異常は、遺伝子に傷がつくことで起こる。変異ともいう。遺伝子は発がん物質やがんを誘発する物質によって傷がつく。たばこに含まれるタール、アルコール、ウイルス、ピロリ菌、アスベスト、紫外線などがその原因となる。

 これらの原因は直接的に、または間接的に細胞が分裂する時に遺伝子変異を誘導する。また頻度は低いが先天的に遺伝子に傷がついている場合もある。

 人は生活する過程で遺伝子に変異が蓄積し、あるレベルを超えるとがんになる。例えば、人には約3万2千個の遺伝子があるが、肺がんではそのうちの約140個に変異が起きているという最新データがある。祖父の場合は、たばこにより変異が起こった遺伝子の数が少なかったため、運よくがんが発症しなかったのかもしれない。

 がんは日本人の死因の第1位で年間死亡者数は約35万人。がんの克服なしに健康、福祉の向上はない。「がんとは何か」。私は大学の医学部で、がんの研究と病理診断を専門にしているが、この問いに分かりやすく答えるのは容易ではない。この連載を通して少しでもその答えに迫ってみたい。

 たなか・しんや 64年、札幌生まれ。北大医学部卒。08年から北大医学部腫瘍病理学教授。