「固有の旗」として掲げた「ろーとるれん」発行のほか、江原光太は詩人の鷲巣繁男が上京の際にまとめた歌集『蝦夷のわかれ』(1974年)を印刷し、彫刻家砂澤ビッキのシュルレアリスム的な詩集『青い砂丘にて』(76年)を編集するなど、出版人としても精力的に活動し、一つの文化圏を作った趣さえある。写真は「ろーとるれん」終刊号。

 戦後北海道の文学運動では、札幌・旭川といった大都市に留まらない文芸誌の隆盛が目を引く。鳥居省三が編集した「北海文学」(釧路市)は、原田康子や宇多治見(うたはるみ)、近年では桜木紫乃といった作家を輩出し全国的に知られる。木村南生(なんせい)と赤木三兵が立ち上げ、出堀四十三(しとみ)らが編集に関わった「山音文学」(胆振管内豊浦町)は1954年創刊、2016年の時点で128号を数える。出堀の弟子であるアイヌ民族の作家・鳩沢(はとざわ)佐美夫が立ち上げたのが「日高文芸」(日高管内平取町)。向井豊昭、須貝光夫、山川力、新谷行(しんやぎょう)、平村芳美、熊谷啓一らが参画、71年に鳩沢が急逝した後は盟友・盛義昭らが編集を担い、13年には特別号「鳩沢佐美夫とその時代」が刊行をみた。50年代から60年代にかけて活動が確認できる「平原文学」(富良野市、菊地信一主宰)については、現在調査中だ。

 他方、昨年9月28日の本欄で三浦祐嗣が論じた北海道初のSF誌「コア(CORE)」のように、傍流とみなされてきたものは存在感が薄い。放浪詩人・江原光太(1923~2012年)が発行した「詩と雑文 ろーとるれん」(72~77年)もまた、再評価が必要だろう。<ろーとるれん=変な固有名詞であるが、ぼくがベ平連の集会で名乗っていた「戦中派ベ平連」の愛称>とは、江原の弁。このベ平連とは、江原が花崎皋平(こうへい)らと66年に立ち上げた「札幌の」ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)を指している。

 アジビラのような詩を集めて編まれた『北海道=ヴェトナム詩集1』(65年)で江原は、「朝鮮戦争や安保斗争のときも、こういうアンソロジーはできなかった」と胸を張る。なるほど、「ヴェトナムの民衆」と北海道文学を結ぶ発想は先駆的。反面、外国での戦争を観念的に捉える頭でっかちの部分もあって批判を受けた。

 71年、江原は自分のほかに「従業員のない」創映出版を立ち上げる。最初に出した本は『笠井清作品集1 海峡』。還暦を迎えた北海道プロレタリア文学の立役者・笠井清を押し出した。「ろーとるれん」は創映出版のPR誌という位置づけだったが、いきなり「宣伝効果は期待していない。ベストセラーは絶対につくれないし、つくる気もないからだ」と啖呵(たんか)を切る。発行部数は1500部。

 当時、江原は笠井嗣夫らとともに『「北海道詩人協会」の解体に向けて』(72年)を刊行しており、「ろーとるれん」はその延長にあった。戦争翼賛詩を書きながら戦後に詩人協会の幹部となった詩人、札幌オリンピックを無批判に礼賛する詩人らが批判され、「北海道文化」の位置を問う議論が活発に展開されたのだ。

 創刊号(72年8月)は表紙から北海道詩人協会への攻撃がなされ、ゲリラ的。縦255ミリ×横110ミリほどで16ページ。詩は江原光太「酸っぱい旗」に中田美恵子「紅筆」。矢口以文はウェールズの聖職者R・S・トーマスの詩を連載という形で紹介。

 No.2(72年10月)は、工藤正広(正廣)「さらせんさらせん――十月朔日に(西脇順三郎より)」や渋谷美代子「雨の美術館」といった詩に、法橋(ほっきょう)和彦による「民衆詩人」としての小熊秀雄論が載った。No.5(73年4月)は小熊秀雄の特集号という面持ちで、中野重治による小熊への弔詩も採録。No.7(74年9月)からは32ページ。タブロイド紙「アヌタリアイヌ」を編集した戸塚美波子の詩「カムイにきいてみなよ」が誌面を飾る。No.8(75年8月)には熊谷政江(藤堂志津子)の「久しく会わない見知らぬ人への手紙」ほか。No.9(77年5月号、終刊号)のみ2回りほどサイズが大きく、米山将治の詩集『ユートピア牧場』(76年)への評(高野斗志美、笠井嗣夫ら)や、林美脉子(みおこ)の狂騒的なレポート「同じ阿呆(あほ)なら踊らにゃソンソン」が掲載された。奥付の住所は、札幌ベ平連の拠点「20円コピーの店《こんとん》」内とあった。

 現在の視点で「ろーとるれん」を読むと、押し付けられた権威を拒否する反骨精神にあふれた才能が、江原光太の周囲に集(つど)って創映出版から本を出し、自分たちこそが中心なのだと、商業的成功とは異なる野心を燃やしていたことが伝わる。とにかく作品が若々しくて艶っぽい。79年、江原は創映出版から『貧民詩集』を刊行、上京して三里塚闘争を支援し、矢口や林らと「詩の〈隊商(キャラバン)〉北へ!」を結成、道内各地を4年かけて朗読を巡演した。ローカルながらも視野は広く、精力的な移動を通して風土性を上書きしていく、現代の「惑星思考(プラネタリティ)」を先取りしている。何と楽しげなのだろう! かように熱い文学運動は、もう長いこと起きていない。

(おかわだ・あきら=文芸評論家、ゲームライター)