第8回ケネス・レックスロス詩賞を受けた1982年発表の「予兆」では、「敗残の首をころがし/びっしょりの執着にからみあう男女の姿態」と、IS(イスラム国)を思わせる光景が幻視された。刊行されたばかりの第8詩集『タエ・恩寵の道行』(書肆=しょし=山田=写真)では、その主題が、「いたるところでテロルと惑乱だ」(「深譚=しんたん=のぐ音」)と、切り込み深く問い直される。

 本連載も26回を数え、4月に3年目に入った。純文学・中間小説・SF・ミステリ・児童文学・現代詩・短歌、さらには文学運動と、既存のジャンルをまたいで北海道文学の成果を論じてきた。鍵となるのは、風土と歴史を直視することによる他者性の取り入れ方。この点から無視できないのが、札幌在住の詩人、林美脉子(みおこ)の仕事である。

 1942年、林は滝川市に生まれた。高校3年の時、本名で書いた小説「哀愁」(61年)が、谷川俊太郎や田中美知太郎も寄稿した文芸誌「いづみ」に掲載。「めらめらと空にむかう血潮のような」若さと孤独が、精緻な描写にて地元の自然へと溶かし込まれた。翌年、同人誌「北限」に「秋曇り」「鎭(しず)まる波」と小説を発表、63年の「残り火」は、「文学界」や「文芸」といった中央文壇の同人雑誌評で高く評価された。だが、林は小説家を目指さず、天使女子短期大学(当時)から日本女子大学に進み、卒業後は高校の家庭科教師として長く勤務した。

 71年、浅野明信の主宰した「北海詩人」に入会してから、詩を発表し始める。72年には、中田美恵子との共同編集による詩誌「アンドロメダ」を創刊。この頃、屯田兵として入植した祖父の遺品を整理し、空知野という土地性(トポス)と仏教的な宇宙観を意識する。73年、笠井嗣夫が編・解説をつとめたアンソロジー『狼火(のろし)』に参加。水無川理子・杉原佳代子・柴橋伴夫・熊谷政江(藤堂志津子)らと一緒に、北海道を代表する新鋭詩人と認められた。翌74年には、江原光太の創映出版から、第1詩集『撃つ夏』を刊行。「朝日新聞」で「硬質のけだるい観念的リリシズム」と評される。

 身体へ深く刻印された性(生)の傷痕と、いきり立つ暴力の内実。75年創刊の個人誌「遊郭」に見られる、限界まで切り詰められた呪術的な筆致は、ぶるぶる震えた手書きの文面も相まって、通過した苦しみを生々しく伝える。第6次「思想の科学」に寄稿した「たとえばはなれ瞽女(ごぜ)の唄のように」(79年)で告白するように、林にとって「遊郭」は、滝川に実在した色街にとどまらず、「女郎部屋の紅柄格子」の陰にあった「奥に坐(すわ)るなにものかの暗い炎」であり、「いのちへの、とらえがたい恐怖と執着」をも意味した。

 第2詩集『約束の地』(77年)の表題作では、「耳ふさぎ/約束の地にひざを折ると/胸いっぱい/乳があふれた ああ/乳の中の星ぼしよのど奥の砂の慟哭(どうこく)よ」と、砂漠への憧憬(しょうけい)が悲壮感をもって歌われる。その言葉に導かれたのか、80年から幾度もインドを訪れた詩人は、白石かずこの帯・栞文(しおりぶん)を添えた大判詩集『緋(ひ)のシャンバラへ』(85年)に、インド体験を結実させた。父の死、自身の大病からの恢復(かいふく)をも意味する仕事であった(2001年には書家の玉井洋子が同作を題材にした個展を開いている)。ここから、がらりと作風は変わる。84年より刊行した個人誌「緋境」等での発表作を集成する『新シルル紀・考』(88年)では、科学者カール・セーガンの宇宙論を参照しつつ、「崩壊線ぎりぎりの これが銀河の欠如の抱卵だ」(「日没」)と、哲学的な愛の起源を雄大かつ文明史的に問うている。

 だが、その後、「ユリイカ」「北方文芸」「ル・メール」等に詩を発表するも、11年、『宙音(そらね)』(第45回北海道新聞文学賞詩部門受賞作)にまとまるまで、20年あまりの沈黙を余儀なくされる。この間に詩人は、国連の「女子差別撤廃条約」に端を発した、高校家庭科教育における男女共修実現に取り組む。私生活では、次第に深刻化する母の介護で疲弊した。13年発表の『黄泉幻記(よみげんき)』には、「降り積む深い雪原に/白い秘跡の指を立てて/深層の界(さかい)に夢をゆりさまし/はるか/ピンネシリ山脈の向こう/迷妄の河口で/幻はうつつにこれをかき乱して」(「暁の聲(こえ)」)との背景に、母の声が赤裸々に刻まれている。

 ただし、苦闘は表現される世界に、自律した奥行きをもたらした。続く『エフェメラの夜陰』(15年)や『タエ・恩寵(おんちょう)の道行』(17年)も含め、現代詩とSFを“習合”させた独自のサーガ(神話大系)が立ち上げられたのだ。ジェンダーへの批評的な視座を通過することで、身体と風土を宇宙論的なスケールにまで拡張させた、まさしく「惑星思考(プラネタリティ)」の体現である。

 それでいて、「禍禍(まがまが)しい星昏(ほしくら)の死角に」(「欺きの隙」、『タエ・恩寵の道行』所収)に宿る、虐げられた者たちの声を決して聞き漏らさない。林の詩的宇宙には、北海道の負の歴史も投影されているのだ。

 <おかわだ・あきら> 文芸評論家、ゲームライター、共愛学園前橋国際大学非常勤講師