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<極東 エネルギー最前線> 日ロ悲願のプロジェクト「サハリン2」フル稼働

 石油・天然ガス開発が進むロシア極東のサハリン。稚内の対岸アニワ湾には、日本も参加している大型プロジェクト「サハリン2」の輸出基地プリゴロドノエがある。2008年から稼働する同基地からはすでに石油と液化天然ガス(LNG)が日本や中国などへ輸出されている。

夕暮れの中で輝くプリゴロドノエ基地。地元では「小さなラスベガス」と呼ばれる。桟橋に停泊しているのはLNGタンカー(3分間露光)=北波智史撮影

(上)「稚内の研修が基地の工事で役立った」と振り返るワッコルのステツェンコ社長(下)パートナーとなった稚内の藤田会長(左)と富田社長

 私たちの北海道に最も近い外国のロシア、そして中国東北部を含む「極東」地域が開発と経済発展で変わりつつある。極東の「いま」を見つめ、国境交流による北海道の「あす」を考えたい。第1部は、石油・天然ガスなどロシアのエネルギー開発と北海道の関わりを追う。

道内の寒冷地技術 貢献

 宗谷岬の北、約150キロ。サハリン・アニワ湾のプリゴロドノエ(女麗(めれい))に、ロシアで唯一、世界でも十指に入る規模の液化天然ガス(LNG)工場と、石油出荷ターミナルがある。開発プロジェクト「サハリン2」のプリゴロドノエ基地だ。

 森と海に囲まれた広大な敷地は約400ヘクタール。札幌ドーム85個分だ。そこに、銀色に輝くLNG製造工場がそびえ、巨大なタンクが並ぶ。海に突き出た全長約800メートルの桟橋にはLNG専用タンカーが停泊する。行き先は日本など東アジア各地だ。

最盛期は1万人

 設計・建設を請け負ったのは、世界的なプラントメーカー千代田化工建設(横浜市)と東洋エンジニアリング(千葉県習志野市)。日本の技術の粋を集め、建設に従事した労働者はピーク時の2007年、世界30カ国約1万人におよんだ。

 「当時、世界最大級で、サハリンという寒冷地に初めて造った歴史に残るプロジェクトだった」。08年暮れの完成まで4年間にわたり現場を指揮した小林秀夫(67)=現千代田化工顧問、東京都在住=は、そう振り返る。

 冬場の最低気温は氷点下25度。港の海底を掘るしゅんせつ用の鉄の爪が冷たい海水でもろくなり、折れた。寒冷地用の建築土木の技術を持つ道内企業の協力が不可欠だった。特殊なセメントなどの建築資材や重機も道内から運ばれた。

 参入した一社が稚内とコルサコフ(大泊)の日ロ合弁企業「ワッコル」。社名は双方の地名を合わせた。稚内建設協会会長の藤田幸洋(58)と建設会社社長の富田伸司(53)らが中心となり、サハリン2の工事参入を目的に01年に設立した。社長には、かつて稚内で企業研修を受けたセルゲイ・ステツェンコ(52)が選ばれた。

日本流の精密さ

 ステツェンコは「建設する前にじっくりと考え、仕事の質を大切にする日本流のやり方を稚内で学んだ」という。緻密さを欠きがちなロシア流の建築手法は、何よりも精密さが求められるLNG基地の現場で通用しないことは明らかだった。

 藤田と富田らは、稚内から日本人技術者を送り込んだ。プラント基礎部分や防火槽工事で、コンクリートの打ち方の手本を示し、身ぶり手ぶりを交えて教えた。藤田は「本音で言い合い、怒り、酒を飲んだ。その積み重ねが互いの信頼につながった」と語る。

 ワッコルの評価は高まり、07年にロシア政府から「全ロシア賞」を合弁企業として初めて受賞、翌年には「国家賞」を贈られた。

 ステツェンコは昨年、サハリンから新千歳空港へ向かう途中、石狩湾新港に完成した北海道ガスのLNGタンクを眼下に見た。「プリゴロドノエのLNGがここに来ている」と思い、胸を熱くした。

 中国や韓国など発展するアジアを視野に、プリゴロドノエではLNG生産能力を1・5倍に増やす拡張計画を準備している。藤田らは「サハリン開発はまだ初期段階。積雪寒冷地の技術を強みに道内企業が参入できる余地は今後も十分ある」と話す。

 道内企業も参画したサハリンのエネルギー開発。その真価は東日本大震災で発揮された。=敬称略=