エゴル・シイシイギン

山田祥子

アレクサンドル・カンチュガ

 永久凍土からマンモスの骨や牙が相次ぎ見つかるロシア極東サハ共和国。首都ヤクーツクの国立北方民族歴史・文化博物館長エゴル・シイシイギン(67)は2007年、網走の道立北方民族博物館の依頼で、マンモスの復元模型を作った。

 同共和国で発掘された体長約5メートル、高さ約3メートルの全身骨格をコピーし、ウレタンなどで肉付けした。「問題は長く太い毛。選んだのは地元のヤクート馬だった。1体の模型を作るのに数百頭の馬から茶や白色などさまざまな色のたてがみを集めて、実物のマンモスの色合いに近づけた」

 模型は各パーツに分割して、ウラジオストクまで陸送して船で日本へ。スタッフ4人と来道し、網走で完成させた。迫力あるマンモスは同博物館1階ロビーで来館者を迎える。

 「百点満点の自信作。日本側も満足してくれて本当にうれしい。でも作ったのは網走の1体だけ。また日本で作りたい」

 マンモスがある同民族博物館の学芸員山田祥子(32)は、05年の北大文学部4年生当時、同大大学院教授津曲(つまがり)敏郎(62)によるロシア・サハリン州の先住民族のウイルタ語の授業を受講した。「ウイルタの人々は北海道の隣人で、歴史的なかかわりがあるけど、よく知られていない。自分も知らないことばかりだった」

 もともとあった北方文化と言語学への関心が膨らんだ。就職か、研究を続けるか。迷いながら博士課程に進んだ08年春、初めてサハリンへ渡航し、ウイルタとウイルタ語で会話した。「それまでは記号みたいだった言葉が、命を持って見えた」。心は決まった。

 その後、サハリン北部バル村のウイルタの女性宅に1年間ホームステイ。今春、津曲ら3世代の研究者がバトンをつないだウイルタ伝承の英雄叙事詩「ニグマー」の日ロ語訳を完成させた。ウイルタ語の話者はもう10人もいない。いま記録して、どんな言語なのか、明らかにしたいと思う。

 山田の恩師津曲が翻訳を受け持ち、今春出版された「増補改訳ビキン川のほとりで」(北海道大学出版会)。著者アレクサンドル・カンチュガ(79)はロシア沿海地方の先住民ウデヘ。豊かな森に囲まれたクラスヌィヤール村で暮らす。

 幼いころ、両親とたいまつをともし、川面を埋めるサケを捕獲した思い出が今も鮮明だ。

 遊び半分で食べ切れないほどのコクチマスを捕ってしまった時、父は厳しく諭した。「なぜこんなに捕ったのか。愚か者め」と。自然と共存しながら生きるすべを父は教えた。

 そんな昔話を聞いた津曲の勧めで執筆を始めた。01年刊行の「ビキン川のほとりで」に続く今回の増補版。「ウデヘの暮らしを知ってもらい、私たちの古里を訪ねてほしい」と願う。

 ウデヘは現在約1500人。ウデヘ語の話者も年々減り、カンチュガらわずかしかいない。本の元の原稿はウデヘ語にロシア語を併記した。ウデヘの若者に自らの言語に関心を持ってほしいというメッセージだ。(敬称略)

 ロシア、中国、韓国、そして日本。国境を超えて活躍する人々の思いを伝える。(編集委員・本田良一、相原秀起、北京・鈴木徹、ソウル・松本創一、ユジノサハリンスク・栗田直樹、写真部・北波智史、石川崇子、藤井泰生、小野弘貴、北見報道部・小葉松隆が担当し、6回連載します)