神戸の永田さん研究 古代語にルーツ、道内と共通点

鉢伏山から望む神戸市須磨区の街並み(写真はいずれも3月3日)

鉢伏山から望む神戸市須磨区の街並み(写真はいずれも3月3日)

明石大橋近くの明石川。川をまたぐのは山陽電鉄

明石大橋近くの明石川。川をまたぐのは山陽電鉄

 須磨、塩屋、明石などの兵庫県の地名はアイヌ語と関わりが深い―という地名研究がある。神戸市に住む永田良茂(よししげ)さん(74)がまとめ、一昨年、著書「神戸のアイヌ語地名」として世に出した。「なぜ兵庫県にアイヌ語関連地名が?」という疑問を抱きつつ、永田さんを訪ねた。(椎名宏智)

 「須磨という地名の発音『スマ』はアイヌ語そのものだと思います」。永田さんは、こう話し出した。故萱野茂さんの著書「アイヌ語辞典」や昭和期のアイヌ語学者知里真志保さんの著書「地名アイヌ語小辞典」によると、アイヌ語のsumaには石や岩の意味がある。一方、神戸市須磨区には、海岸線にせり出した場所に鉢伏山がある。

 永田さんは「鉢伏山が須磨の地名が意味するものそのもの、つまり『岩』を指すと思います」と語る。

 岩がある場所という意味のアイヌ語を考えてみると、su-oma-iとなる。suは鍋の意味。omaは(そこに)ある、もしくは(そこに)いる。iは場所を意味する。omaの音は、オホーツク管内佐呂間町の「サロマ」や上川管内当麻町の「トウマ」に通じるらしい。

 では、鉢伏山はハチブセヤマであって、なぜスマの音が残っていないのか。永田さんは丁寧にこう解説してくれた。

 「須磨という地名はおそらく、古い時代に話された『古代語』で鉢伏山を目印にスマと名付けられ、それが定着したのでしょう。ところがその後、何らかの理由で、言語が古代語から今の日本語の祖先となる言葉に置き換わりました。地名はスマという発音のまま受け継がれましたが、山の名は今の日本語でも意味が通じる『ハチブセ』に変化したのだと思います」

 永田さんによれば、古代語がスマと発音した地名は同じく古代語をルーツに持つアイヌ語に残っているという。北海道で「シュマ」と発音する上川管内幌加内町の朱鞠内が「スマ」の名残の一つらしい。

 須磨のほか、永田さんがアイヌ語と関わりが深いとみている塩屋と明石について表にまとめた。

地名 読み方 永田良茂さんによる解説
須磨 すま 「すま」はアイヌ語由来。もとは鍋(鉢伏山)のある場所という意味のアイヌ語では。須磨は鉢伏山を指し、以前、山の海側は岩が海岸線にせり出し、旧山陽道は鉢伏山の北側を迂回していた
塩屋 しおや 山陽電鉄「山陽塩屋駅」の隣の「滝の茶屋駅」周辺には、昭和初期まで4つの滝(アイヌ語でso)があった。soはこの地域ではsioの音になり、これが地名の由来。稚内の「宗谷」と同様の由来と考える
明石 あかし 明石川は江戸初期まで橋がなく、参勤交代は当初かごを担いで川を渡ったらしい。アイヌ語の「kus」には通る、通過するの意味がある。夕張市の鹿島明石町も徒渉した場所ではないか


関西在住者ら中心に地名懇親会 「成果を世に出したい」

「神戸のアイヌ語地名」をまとめ、本にした永田良茂さん

「神戸のアイヌ語地名」をまとめ、本にした永田良茂さん

 「アイヌ語とゆかりの深い地名を研究している人は民間に多くいますが埋もれています。私たちは、それらの研究成果を世に出したい。それが懇親会結成の狙いです」。アイヌ語地名懇親会(約20人)会長の永田良茂さんは、関西在住者を中心に昨年4月結成した同会をこう説明する。

 永田さんは鹿児島県出身。大手電機メーカーで30年余りシステム開発などに携わり、定年退職後、地名のルーツや、地名とアイヌ語の関連を調べ始めた。その結果「縄文時代の言葉がアイヌ語の中に残っている」と考えるようになった。

 永田さんの地名論の柱は「地名は生活に密着し、土地の特徴をよく表し、誰もがその場であると分かる言葉で名付けられた」だ。

 文字がなかった時代、そうでなければ地名は定着しなかったと永田さんは考える。「岩山だとか、川の合流点だとか、人体のどこそこに似ている地形だとか。地名はポイントを押さえて言い表したはずです」

 アイヌ語と関係が深い地名が兵庫県にある理由について、永田さんは「地名は『古代語』で名付けられ、定着した後、列島に今の日本語の祖先に当たる言語が流れ込んだのでしょう。慣れ親しんだ地名は音だけが残り、意味は分からなくなりました。一方、古代語をルーツに持つアイヌ語の中に、音とその意味が残ったからこそ、関係ある地名があるのだと思います」と話した。

 同会は17、18の両日、東京で総会やフィールドワーク、研究会を開く。

 当欄では「古代語」と表記したが、永田さんの著書は同じ意味で「縄文語」と書いている。