<図1>「日本列島改造論」(日刊工業新聞社発行)に掲載された全国新幹線鉄道網理想図のうち北海道分

<図2>

 北海道新幹線の札幌延伸は、着工の可否をめぐる議論が正念場を迎えている。自公政権下でいったん着工が決まったが、昨年の政権交代で白紙に戻り、判断は民主党政権に委ねられた。新幹線建設の意義、並行在来線の経営分離などの課題を整理した。

■国の新幹線計画はどこまで進んだの?

 本州中心、格差広がる

 「札幌から福岡まで結ぶ国土の主軸に…」。国が1969年に策定した新全国総合開発計画(新全総)は新幹線をこう位置づけ、85年度までに建設する目標を掲げた。

 各地域の将来像も盛られ、北海道は「札幌と道北を結ぶ道縦貫新幹線、道央から道東に至る道横断新幹線の建設を図る」と記された。北海道から九州まで背骨を貫き、その後に血管のような「支線」を張り巡らせる壮大な構想だった。

 72年には「国土の均衡ある発展」を掲げる故・田中角栄元首相が「日本列島改造論」の中で「全国新幹線鉄道網理想図」を公表。道内では稚内、網走、釧路につながる線が引かれた=図1参照=。新全総などを踏まえ、一部の変更を経て、73年に新幹線基本計画と、概算の建設費や最高速度も記した新幹線整備計画が策定された。この整備計画が現在も土台になっている。

 ところが、整備計画ができた段階で、当初の構想は変質した。新全総では支線扱いだった北陸(東京-長野-富山-大阪)、九州・鹿児島ルート(福岡-鹿児島)が、東北や北海道(青森-札幌)と同列の整備計画区間に「昇格」したのだ。

 整備計画のうち着工・開業した区間は、北陸、九州、東北などで80年代以降、着々と伸びている=図2参照=。いまだに部分開業すらできないのは、住民の反対で87年に計画路線から外された成田新幹線(東京-成田空港)を除けば、北海道だけだ。

 「国土の均衡発展」という理念は後退し、代わって着工の判断基準として重視されたのが「費用対効果」だ。人口が密集する本州を中心に整備が進み、地域間格差が拡大した。

 着工決定の背後では有力政治家の影がちらついた。上越(東京-新潟)には田中元首相、北陸には森喜朗元首相、鹿児島は小里貞利・元総務庁長官。整備新幹線が「政治新幹線」とやゆされるゆえんだ。

 整備計画のうち現時点で未着工なのは、北海道新幹線の新函館-札幌(211・5キロ)、北陸の金沢-敦賀(125・3キロ)と敦賀-大阪(123・3キロ)、九州の新鳥栖-武雄温泉(51・3キロ)と諫早-長崎(21・3キロ)の5区間。

 北海道新幹線の着工がようやく決まったのは自公政権下の2004年末。政府・与党の作業部会が、新青森-新函館などの新規着工を了承した。さらに、08年末には翌年の衆院選をにらんだ麻生太郎政権の思惑もあり、新函館-札幌をはじめ金沢-敦賀、諫早-長崎の3区間にゴーサインが出た。その際、長万部-札幌の先行工事が決まったのは、終着駅側で整備の既成事実をつくっておけば「財源確保が厳しくても、いつかは新函館につながる」との政治判断からだった。

 だが、昨年の政権交代後、国土交通相に就いた民主党の前原誠司氏は未着工区間の扱いを「まったくの白紙」と言及。財源の「選択と集中」を進め、建設の優先順位のほか高速道路整備も含めて検討し直す意向で、札幌延伸の道筋は再び不透明になった。

■道内は、どうして「北回り」なの?

 経費削減 噴火を回避

 もともと北海道新幹線の長万部-札幌間は、室蘭や苫小牧を通る南回りと、倶知安や小樽を経由する北回りの2ルートが構想されていた。

 整備計画で北回りが採用された主な理由は、経費削減と、南回りの沿線にある有珠山と樽前山の噴火への懸念だった。

 1973年、当時の国鉄と鉄建公団の調査によると、南回りは周辺人口は多いものの北回りより約65キロ長く、工費は800億円増えるとされた。現在の試算では、費用の差は3千億円以上と見込まれる。

 北回りは山地が多く、南回りと比べて用地買収しやすいうえ、トンネル工事は機械さえ用意できれば少人数で済み、人件費を抑えられるという。

 基本計画には南回りルートが書かれたままだが、整備計画は北回りで決まっており、ルートが今後変更される可能性は小さい。なお、基本計画にある札幌から旭川までの延伸、四国横断新幹線(岡山-高知)などの実現性は薄い。

(経済部の町田誠と日栄隆使、東京報道の須藤真哉が担当し8回連載します)