旭医大病院の小児外科の診察室で、「たたかうきみのうた」を手にする宮本さん

 旭川医大病院小児外科長の宮本和俊さん(62)が医療エッセー「たたかうきみのうた」を出版した。道内では札幌以外で唯一の小児外科専門医。約30年間、旭川で治療を続ける中で深まった幼い患者や家族との交流について、温かい目線でつづっている。

 宮本さんは空知管内長沼町生まれ。1983年、旭川医大を卒業し、東京などで勤務後、89年から旭医大で働いている。

 2012年から、友人の医療関係者に限定したフェイスブックに、日々の診療について書いてきた。友人から出版を勧められ、今回、「子供を持つ親など、幅広い人に読んでもらうことにした」と書き改めた。

 旭医大病院での医療の現場を題材にしたことについて宮本さんは、「長く働いているので、受け持った子どもや家族とじっくりと向き合うことができた」と振り返る。医師として幼い命を守る中、避けられなかった悲しい別れとも正面から向き合った内容だ。

 例えば9歳で突然死したユウ君。腸の病気などで赤ちゃんのころから何度も宮本さんが手術していた。亡くなる前日、容体が急変し旭医大に救急搬送された。宮本さんたちに治療される中、「ミーシェンシェイ」とうわ言をくりかえした。葬儀でユウ君の祖母から、ユウ君は生前、宮本さんを「ミーシェンシェイ」と呼び、「僕にはミーシェンシェイがいるから大丈夫」と話していたと知らされた。

 数年後、ユウ君の父親も病気のため旭医大病院で死去。母親は2人をみとった後、旭医大病院で看護助手として働き出した。院内で母親と再会した時の思いを宮本さんは著書で「子どものこと、夫のことをどう乗り越え、どんな思いでこの病院に勤めるようになったのだろう」と書きとどめた。

 約20年前から手がけている重度の身体障害児の激しい嘔吐(おうと)を抑える手術についても記した。手術した子どもの母親から「嘔吐がほとんどなくなり、子どもがにこにこし、少し太った。きれいな服を着せて一緒に公園に出かけることができるようになった」と礼を言われた。宮本さんは「手術が障害児と家族の生活を豊かにしたことを、あらためて教わった」と話す。

 旭医大小児外科は道北、道東の救急患者を受け入れている。宮本さんは勤務の傍ら、認知症を患った母親が15年に亡くなるまでの5年間、旭川の自宅で妻と一緒に世話をした。体調を崩した母親の入院の準備と、道東から搬送された赤ちゃんの緊急手術が重なり、懸命に両方をこなしたエピソードも載せた。

 宮本さんは「私が手術した子どもが成長して旭医大に入学し、実習で指導したこともある。小児外科が小児内科と共に地域の子どもたちの命を支えていることを多くの人に知ってほしい」と話している。

 A5判、247ページ、1080円。札幌や旭川の主な書店、インターネット通販アマゾンなどで発売している。問い合わせは幻冬舎メディアコンサルティング(電)03・5411・6440へ。(編集委員 中村康利)