約2500億円が投じられた国営諫早湾干拓事業(長崎県)を巡る混乱が続いている。

 干拓地側と海側を仕切る潮受け堤防について、長崎地裁は先日、国に開門差し止めを命じる判決を言い渡した。

 しかし、2010年には福岡高裁が、国に5年間の常時開門を命じる判決を出している。相反する判決が併存する異常事態だ。

 漁業被害を防ぐために開門を求める漁業者と、塩害への懸念から開門に反対する干拓地の農家との溝は深まっている。

 社会情勢の変化に向き合わず、巨大事業を押し進める。その弊害が表面化した顕著な例と言える。

 開門と閉門のどちらにしても、その影響は避けられまい。ならば、国は強引に政策を進めてきた誤りを認めた上で、司法任せにせず、折り合いをつける道を真摯(しんし)に模索すべきではないか。

 「走り始めたら止まらない」と言われて久しい公共事業のあり方を見直す契機にもなろう。

 干拓計画は、1952年に長崎県がコメ増産を目指して構想を発表したことに始まる。ところが、コメ余りの時代になると、目的は防災や畑作振興に切り替わった。

 本来ならその時点で計画を再検討すべきだった。しかし、そうはならず、86年に着手し、97年に潮受け堤防の水門が閉じられた。

 問題は、そうした政府の判断ばかりではない。その後の対応にも疑問が残る。

 福岡高裁判決は、当時の菅直人政権が上告せず、確定した。なのに、翌年の東日本大震災への対応もあり、開門への道筋を付けることができなかった。

 一方、長崎地裁の訴訟では、国は高裁判決に沿った主張をする姿勢を示さなかった。

 積極的に解決を図ろうという意思が、国からはどうも見えてこない。訴訟はほかにも複数起こされている。司法任せにすることで、問題を先送りしていないか。

 水門を閉め切った後には、有明海の養殖ノリや貝の漁獲に被害が出ている。多様な生物がすむ干潟を破壊したとの批判も広がった。

 結果を見れば、国は漁業者の声や海の環境変化への懸念に十分に耳を傾けたとは言えまい。そのツケが現状を生み出しているという認識を持つべきではないか。

 道内でも、ダム建設などで目的が当初と変わった例がある。国や地方自治体は必要な工事かどうかを吟味し、時には中止する判断も求められよう。