「深い反省」を口にはした。

 しかしそれも、「政策とは関係のない印象操作のような議論に、つい強い口調で反論した」ことについてである。

 つまりは野党の責任と言いたいのだろう。これこそ「印象操作」ではないか。

 安倍晋三首相はきのう、国会閉会を受け記者会見した。

 学校法人「加計(かけ)学園」をめぐる問題では、政府の対応が二転三転し、「国民の政府への不信を招いた」と述べた。

 中間報告という奇策を使って「共謀罪」法を成立させた手法についても「必ずしも国民的な理解を得られていない」と認めた。

 安倍内閣の支持率は、政府・与党の強引な国会対応を受けて急落し、与党内にも厳しい受け止めが広がる。異例の反省の言葉は、そんな危機感の反映かもしれない。

 だが、内閣支持率の急落は何よりも、「安倍1強」に安住し、異論や批判に向き合おうとしてこなかった政権の姿勢に起因する。

 それを認識しないまま「反省」したところで、独善的な政治手法の変化は期待できまい。

 首相には、謙虚な姿勢で国政運営に臨むようあらためて求める。

 今回、各種世論調査での支持率の下落は10ポイント前後に達し、一部では不支持率が支持率を上回った。与党内からは「首相の身から出たさび」と厳しい声も漏れる。

 反省の言葉には、そんな不満に答える意味があるのだろう。

 だが首相は会見で、加計学園をめぐる問題で「岩盤規制の改革」を強調。政府内の忖度(そんたく)から行政の公平性がゆがめられたのではないかという疑念については、自らの立場の正当化に終始した。

 「共謀罪」法も、テロ対策の必要性ばかりを唱えた。捜査対象の線引きの曖昧さや恣意(しい)的な運用に対する国民の不安には、向き合おうとしていない。

 首相は、特定秘密保護法や安全保障法制も成立後、国民に丁寧に理解を得る考えを示した。

 しかし、それが果たされたとは到底言えない。同じ手法を繰り返しても国民の納得は得られまい。

 信頼を回復したいのならばまずはそうした姿勢をただすべきだ。

 加計学園問題では、野党が求める閉会中審査の実現に協力する必要がある。学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る問題の説明責任も忘れてはいけない。

 国民の疑念に正面から答えないままでは、「政府への不信」が高まるばかりだ。