1980年代初め、「和の政治」をスローガンに掲げた鈴木善幸首相は、国会対応も安全運転だったと言われる▼官僚の作った答弁書を棒読みし、先輩の三木武夫元首相から「腹話術のよう」と呼ばれた。失点を防ぐにはいいのかもしれないが、官僚に頼りすぎるのでは何のための政治家かと思う人もいるだろう▼「共謀罪」を衣替えした「テロ等準備罪」を新設する法案を担当する金田勝年法相も「二人羽織」との批判を受けた。答弁に詰まって背後にいる官僚からささやかれる姿が目立つからだが、他人の話をうのみにするだけでは、とんちんかんな問答になりかねない▼例えば桜並木の下を歩くのは「共謀罪」の準備行為に当たるかどうか。金田法相は「花見ならばビールや弁当、(準備行為の)下見ならば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っている」と答えた。野党議員に「双眼鏡を持ってバードウオッチングとかもある。区別にならない」とたしなめられる始末だ▼議論をすればするほど法案の曖昧さが浮き彫りになって不安が増す。なのに審議時間は十分とばかりに与党が衆院法務委員会で採決を強行した▼フランスの詩人ルネ・シャールの言葉にある。「われわれが食事をとる度に、『自由』は食卓に招かれている。椅子は空いたままだが、席は設けてある」。国会は納得のいくまで自由闊達(かったつ)に議論するために設けた席ではなかったのか。2017・5・20